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山陰スピリチュアル紀行

干し柿の里と東出雲の神社を訪ねる

阿太加夜神社~揖夜神社~黄泉比良坂~ハンブルグ~干し柿の里 畑地区~出雲金刀比羅宮

阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)

 

 阿太加夜神社は、神社の横を流れる意宇川から大橋川を経て、松江城山稲荷神社までの間で10年に一度行われる伝統行事『松江城山稲荷式年神幸祭(ホーランエンヤ)』で知られています。

とくに「五大地」と呼ばれる地域の人々が、色鮮やかな櫂伝馬船(かいでんません)で披露する「渡御祭(とぎょさい)」「還御(かんぎょ)」は華やかです。

そのなかで、阿太加夜神社は「中日祭」陸船行列の舞台となっています。

 

私が訪れたのは11月。

秋から冬へと移ろう季節の中、境内はひっそりと静まり返っていました。

拝殿の横には、中日祭で使用される櫂伝馬船が、静かにたたずんでいました。

 

また、阿太加夜神社の広い境内には、「くにびき神話」にまつわる「意宇の杜(おうのもり)」があります。

八束水臣津野命(やつかみずおみずぬのみこと)が国引きを終え、「オエ」と杖を突き立てたとされる場所です。

 

同様の伝承地は松江市竹矢町にもありますが、阿太加夜神社の「意宇の杜」へは、一度鳥居を出て神社沿いの道を50メートルほど歩いた先にある、「面足山公園(おもだるやまこうえん)」の看板を入ります。

その道を進むと、木々の間に「国引き」と記された碑が現れます。さらに川沿いを歩くと、河童伝説が残る「河童橋(かっぱばし)」の碑も見ることができます。


古代から江戸時代、そして現代へと続く伝統を守り継ぐこの地域の人々に思いを馳せながら、私は次の訪問先である「揖夜神社(いやじんじゃ)」へと向かいました。

揖夜神社(いやじんじゃ)

 

この日、揖夜神社では御遷宮の準備と手水舎の改修工事が行われていました。
(※令和7年5月17日に正遷座祭が斎行されました)

ちょうど訪れた時期が「紐落とし」の時期と重なっており、御仮殿では御祈祷が執り行われていたようですが、他に人影はなく、境内は静寂に包まれていました。


揖夜神社は、「意宇六社(おうろくしゃ)」の一つとされ、かつて朝廷をはじめ、尼子氏・毛利氏・堀尾氏・京極氏・松平氏といった、この地を治めた名だたる武将たちからも深く崇敬されてきました。


境内の一角には、スサノオを祭神とする「荒神社」や、「大蛇神(おろちがみ)」も祀られており、整然とした佇まいの中に、地域の人々の篤い信仰心が感じられました。

揖夜神社の荒神社と大蛇神

黄泉比良坂(よもつひらさか)

 

そして、車で5分程のところにある『黄泉比良坂』へ向かいました。

以前、テレビで取り上げられてから多くの来訪者があるようで、5台分ほどの駐車場はすでに満車。路肩に駐車したり、途中で車を降りたりして、遠方から訪れた人々の列に加わります。

 

それぞれの想いを手紙に綴り、「天国へのポスト」へと投函するため、整然と順番を待つ人々の姿。坂の入口にある集会所には御朱印所も設けられ、地域の方々が丁寧に管理されていました。

うかがったところによると、テレビ放送後のひと月で、なんと1年分に相当する約1,000通もの手紙が投函されたとのこと。テレビの影響はすさまじい。

 

 

せめてこの現象が一過性のものではなく、この地が『古事記』ゆかりの聖地として、末永く語り継がれていってほしい――。

そんな思いを胸に、私は黄泉比良坂を後にしました。


 

ランチは、東出雲にある洋食屋「ハンブルグ」さんへ。
ハンバーグが人気のお店で、お昼を過ぎると順番待ちができるほどです。


意外にあっさりとしたデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグや、タルタルソースがかけられたエビフライなど、王道の洋食メニューが並びます。
それらにライスを添えて、しっかりとお昼ごはんを楽しみました。


お腹を満たしたあとは、いよいよ「干し柿の里」へ向かいます。

干し柿の里 畑地区

東出雲の中心部から車で約10分。南の山間部、畑(はた)地区へと向かいます。
標高が少しずつ上がる山道を進んでいくと、針葉樹の間から秋色に染まった柿の葉と実が見えてきました。

 

地区の急坂を登った先にあるのが、「なかみちベース」

新たにリノベーションされた古民家で、今回案内してくださる地区ガイドの皆さんとの待ち合わせ場所でもあります。

この古民家は、今回の企画に快くご協力くださった冨士本さんの御父上のご実家とのこと。冨士本さんは仲間の皆さんと一緒に、この古民家や干し柿畑を自分たちの手で少しずつ再生されているそうです。

 

現在の時期は、干し柿作りや収穫体験が中心ですが、季節ごとに合わせた農業体験も企画されています。

 

 

 

座敷では、コーヒーと干し柿でもてなしていただき、ちょうど干し柿作りが最盛期を迎えた地区の畑を案内していただきました。

畑はかなりの急斜面に造られており、そこからは中海を一望することができます。斜面が開けているため、木々には陽の光がたっぷりと降り注ぎ、美しいオレンジ色に色づいた柿の実がきらきらと輝いていました。

中には、樹齢500年を超えるという古木もあるそうです。

 

さらに、生産農家さんの「柿小屋」の窓は大きく開かれ、びっしりと吊るされた柿が、風に揺られて静かに乾いていました。

干し柿は、年に一度しか作ることができない貴重なもので、その製法には、丁寧な手作業と長い時間がかけられていることがよく伝わってきます。この光景を見られるのは、ごく限られた時期だけ。まさに幸運な体験でした。


なかみちベースに戻った後は、熟し柿と干し柿用の柿の収穫体験もさせていただき、心も体も満たされる、充実したひとときを過ごすことができました。

たわわに実った畑地区の干し柿畑をご案内いただく

なかみちベースのみなさんと

所在地:島根県松江市東出雲町上意東

出雲金刀比羅宮

そして、最後に訪れたのは、畑地区からさらに車で約5分ほど登った、京羅木山の中腹にある「出雲金刀比羅宮」です。

 

東出雲在住の知人から、「山中とは思えないほど立派な神社がある」と聞いて、ぜひ一度訪ねてみたいと思っていた場所でした。

 

この神社は、毛利元就が武運を祈って建立したともいわれています。 随神門に祀られている随神(ずいしん)は、高さ1.7メートルもの坐像で、「日本五大随神のひとつとされているそうです。

そして、権現造(ごんげんづくり)の御本殿は、想像以上に立派で見応えがありました。

出雲金刀比羅宮で

 今回の神社巡りで歴史と自然が調和した東出雲は訪れる価値があると感じました。そして、地域の誇りと伝承、文化を守る姿に触れる良い機会となりました。

(2025.5.25)

協力:社☆ガール 岡 寿美子

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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