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山陰スピリチュアル紀行

松江城 歴史探索ツアー

松江城

今回はまつえ時代案内人・馬之助さんに、『なぜ松江城が日本最強の城なのか?』というテーマで、松江城や堀川の魅力を教えていただきました。

 

また、社ガールガイドの参考にもなるような勉強会を行ったので、その模様をレポートします。

松江城

 

早速、馬之助さんから「城を巡る時には、常に攻める目線で向かうこと」とのお達しを受けましたので、私たちも「いざ出陣」です!

松江城は、戦国三大武将(織田・豊臣・徳川)のもとで活躍した堀尾吉晴が、5年の歳月をかけて慶長16(1611)年に完成させました。

 

この時代は、関ヶ原の戦い(1600年)後も徳川方と豊臣方の勢力争いが続いており、松江城は徳川方の「毛利(豊臣方)攻めの要」として建てられました。ですので、戦に強い最強の守りの城となっているわけです。

 

例えば城に入るまでの馬溜(うまだまり)」、大規模な枡形虎口と呼ばれ、四方囲まれた周りの塀には2メートル間隔で鉄砲や弓を打ち込む穴が開けられていて、この広場に入ったら最後、全滅です。

 

さあ、私たちは何とか生き残るために、狙われにくい四方の角伝いに本丸を目指します。

無事、大手門を突破した私たちですが、そこからは一気に石段を上らなければなりません。この石段を見下ろす場所にも仕掛けはたくさんあり、通る過程でやられてしまうというわけです。

 

石段を注意深く見てみると、いろんな刻印(マーク)を発見できます。扇や三角など33種類、1,000個近く見つかっているらしく、これは築城時工事を担当した家来や石工が自分たちの証として掘ったそう。

 

中には星マークもあり、これは「晴明判紋」で、馬之助さんによると石垣が崩れないように呪いを掛けたのではないかと。松江城、物理的な強固だけでなく、呪術によっても守られているのです。奥が深い。

さあ、敵に攻め込まれている松江城、もっとも過酷な戦は「長期戦で兵糧を絶たれる」ことです。

 

数々の戦を経験した堀尾吉晴はその厳しさをよくわかっていたようで、松江城には城の中も含め多くの井戸が掘られています。籠城した場合の備えも万全です。

 

松江城は平成27年に国宝となりました。国宝に指定されるには、築城の正確な年代が実証される必要がありますが、近年、松江神社で発見された「天守祈祷札」が決め手となりました。

 

祈祷札には「読誦申し上げ、長く栄えることを祈る。慶長16(1611)年1月。」と書かれていて、また天守の地下の大黒柱にこの札を打ち付けた穴も見つかりました。

 

400年の間、神様もこの城を守ってくれていたのですね。令和の私達も国宝・松江城の大切さをしっかり後世に伝えていかなければなりません。

国宝松江城の魅力もさることながら、案内人の馬之助さんのパフォーマンスも国宝級でした。

 

わかりやすい手書きのフリップやイラストを用意したり、戦国時代さながらの書状で謎解きをするなど、とにかく楽しい。

 

やはり、ガイドはエンターテインメントなんだと実感しました。勉強になりました。

 

このあと一行は松江城下でそばを食べ、堀川遊覧船を堪能し、無事、討ち死にせずに帰路につきました。

所在地:島根県松江市殿町1-5

(2025.1.28)

協力:社☆ガール 河野 美知

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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