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医師はいつから「職人」ではなくなったのか

セラピースペース ながしま

少し気になるニュースを目にしました。

松江赤十字病院の脳神経外科に勤務していた医師が、配置転換によって患者の診察や治療から外され、その後退職したことをめぐる裁判です。

裁判所は、その医師が上司の指導に従わないことなどから、異動そのものには業務上の必要性があったとしています。

ところが一方で、その配置転換の実態については、自主的な退職を促すことを目的としたものだったとして、日本赤十字社に賠償を命じました。

このニュースを読んでいて、私は少し別のことを考えていました。

医師とは、そもそも何なのだろう。

もちろん、病院に雇用されている医師であれば、労働者です。

病院という組織の一員でもあります。

上司もいれば、組織としてのルールもあります。

医療安全のためには、チームとして動くことも必要です。

だから、

「腕が良ければ、組織のルールなど守らなくてもよい」

という話をしたいわけではありません。

しかし、それでも私は、医師という仕事の根っこの部分には、

「職人」

という性質があると思っています。

医学部を卒業し、国家試験に合格すれば医師にはなれます。

しかし、それだけで熟練した医師になるわけではありません。

患者を診る。

検査結果を見る。

身体に触れる。

手術をする。

治療後の経過を見る。

うまくいかなかった経験も含めて、何年も何十年も臨床を積み重ねていく。

そうやって少しずつ、その人にしかない臨床能力が形成されていきます。

特に外科系の医師であれば、それは分かりやすいでしょう。

知識だけではありません。

手術の技術。

判断の速さ。

異変を感じ取る感覚。

そして、

「何かがおかしい」

という、まだ言葉になっていない感覚。

こうしたものは、教科書だけでは身につきません。

長い時間をかけて身体の中に作られていくものです。

私は、そこに「職人」としての医師の姿を見るのです。

ところが、病院という組織が大きくなるにつれて、

「良い医師であること」と「良い組織人であること」

が、少しずつ混同されてはいないでしょうか。

上司の指示に従う。

組織の方針に従う。

書類をきちんと提出する。

会議に参加する。

周囲とうまくやる。

もちろん、どれも必要なことです。

しかし、それらは本来、

患者を診る能力とは別の評価軸

のはずです。

組織人として扱いにくい。

だから臨床から外す。

もし、そんな考え方が当たり前になってしまえば、少し怖いことが起こります。

医師という専門職が、

高度な専門技能を持った職人から、医療組織の一労働者へと変わっていく

からです。

たとえば、長年腕を磨いてきた大工から道具を取り上げて、毎日資材の整理だけをさせる。

料理人を厨房から外して、売上データだけを整理させる。

演奏家から楽器を取り上げる。

それでも給料を払っているのだから問題ない、と言えるでしょうか。

おそらく違うでしょう。

仕事とは、単に給与を得るための作業ではありません。

特に専門職にとっては、

その仕事を続けること自体が、その人の専門性を維持すること

でもあります。

医師から診療を取り上げるということには、そのような重さがあります。

そして、この問題は医師だけの話でもありません。

理学療法士や作業療法士も同じです。

長年患者さんを見ていると、教科書には書いていないものが少しずつ見えるようになります。

触った瞬間の身体の反応。

立ち上がろうとした時のわずかな迷い。

視線の動き。

呼吸。

患者さん自身もまだ言葉にしていない不安。

こうしたものを感じ取りながら臨床を組み立てていく能力もまた、長い年月をかけて作られる「職人の技」なのだと思います。

ところが医療の世界では今、効率化、標準化、ガイドライン、組織管理がますます重視されています。

それ自体は悪いことではありません。

むしろ医療安全や医療の質を保つためには必要でしょう。

ただし、

標準化できるものと、標準化してはいけないもの

を区別する必要があります。

組織を整えることと、専門職の自律性を奪うことは同じではありません。

チーム医療と、全員を同じ考え方にすることも違います。

扱いやすい医療者を作ることが、良い医療を作ることとも限りません。

むしろ私は、

少し癖がある。

少し頑固である。

自分の臨床について強い考えを持っている。

そんな人たちの中から、新しい技術や考え方が生まれることも少なくないと思っています。

もちろん、職人であることを理由に何をしても許されるわけではありません。

だからこそ、

専門職としての能力と、組織人としての問題を分けて評価する仕組み

が必要なのではないでしょうか。

臨床能力に問題があるのであれば、臨床能力の問題として扱う。

医療安全上の問題があるのであれば、医療安全として扱う。

対人関係の問題であれば、対人関係として調整する。

それらを全部まとめて、

「組織に合わないから臨床から外す」

という方法を取ってしまえば、組織にとっても、患者さんにとっても、大きな損失になる可能性があります。

医療は、組織によって支えられています。

しかし医療を実際に行っているのは、一人ひとりの専門職です。

制度がどれだけ整っても、

最後に患者さんの前に立つのは人間です。

そして、その人間の中に何十年もかけて蓄積されたものがあります。

私は最近、

医療者を「組織の中の人」として評価する力が強くなりすぎてはいないか

と感じることがあります。

医療の近代化によって、私たちは多くのものを手に入れました。

医療安全。

標準化。

エビデンス。

チーム医療。

これらは大切なものです。

ただ、その代わりに、

専門職が持っていた「職人としての自律性」まで手放してしまってはいけない。

今回のニュースを見ながら、そんなことを考えました。

医師は、いつから「職人」ではなくなったのでしょう。

いや。

もしかすると、

今も職人であるはずの医師を、私たちの医療システムの方が、職人として扱わなくなりつつあるのかもしれません。

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フリガナセラピースペース ナガシマ
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